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壁紙は、流し目・・・映画「アイドルを探せ」の・・
まあそれは別にいいんですが、・・
表題 アイドルを探せ って
ご存じでしょうか? mid by MYQ局




シルビー・バルタンは1944年(昭和19年)8月15日
ブルガリアのバルカンの小さな町イスクレッツに生まれました。
父フランス人Georges、母ハンガリー人Ilona、兄7歳年上Eddie


翌月にはソビエトがブルガリアに侵入し、ソフィアに移住しました。
その後1952年12月(昭和27年)には父方のRobert爺さん
の計らいでシルビー一家はパリに移りました。
フランス語を話せないシルビーは2年間、語学などを学び、11歳
でハイスクールに学びました。  以上
生い立ちの一部 http://www.aplmusique.com/vartan/vartane.htm
に、英語ですが 詳細が記載されていますよ。 ↑ 公式サイト

そしてハイスクール1年の時、オーケストラの指揮者をしていた兄Eddieが
友人の歌手、フランキー・ジョルダンとのデュエットでシルビーに
シャンソンを歌わせ、レコード・デビューを飾りました。
歌手として成功、60年にはオランピア劇場の舞台に立ち
人気スターに成長しましたね。

          <出演作品>
   1963年「ジョニーはどこに」
   1963年「アイドルを探せ」
   1972年「ジョニー・オン・ステージ」
附記:1994年「ランジュ・ノワール 甘い媚薬」



そういえば資生堂TAPHYのコマーシャルで「アイドルを探せ」の
カヴァ−バージョン(アーティスト不明)か何かやっていましたよね?

La Plus Belle Pour Aller Danser  フランス語
なぜか日本では映画のタイトルと同じ「曲名」ですが
フランスでは今夜踊りに行くための一番の別嬪さん・・ですね

子供の頃には姉のかけている曲が、ススワジスワラプバ〜ド
ポアレダサー・・ダサー・・ って聞こえてた。
ラプバレポ・アレダサー・・・って聞き取れた。


日本語の歌詞は:安井かずみさんが付けました。
恋の喜びに輝いて〜・いるぅ・
・・略・・
みんなに言いたい恋をして〜・いるぅ・
・・略・・
誰よりも私が一番、幸せなのぉぉ
・・・ん〜・・いつまでも愛して  って
作曲は:G.Garvarentz

LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER

CE SOIR JE SERAI LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER
DANSER
POUR MIEUX EVINCER TOUTES CELLES QUE TU AS AIMEES
AIMEES
CE SOIR JE SERAI LA PLUS TENDRE QUAND TU ME DIRAS
DIRAS
TOUS LES MOTS QUE JE VEUX ENTENDRE MURMURER PAR TOI
PAR TOI
JE FONDE L'ESPOIR QUE LA ROBE QUE J'AI VOULUE
ET QUE J'AI COUSUE POINT PAR POINT
SERA CHIFFONNEE ET LES CHEVEUX QUE J'AI COIFFES
DECOIFFES PAR TES MAINS
QUAND LA NUIT REFERMAIT SES AILES, J'AI SOUVENT REVE
REVE
QUE DANS LA SOIE ET LA DENTELLE
UN SOIR JE SERAI LA PLUS BELLE
LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER

LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER

LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER


TU PEUX ME DONNER LE SOUFFLE QUI MANQUE A MA VIE
DANS UN PREMIER CRI DE BONHEUR
SI TU VEUX CE SOIR CUEILLIR LE PRINTEMPS DE MES JOURS
ET L'AMOUR EN MON COEUR

POUR CONNAITRE LA JOIE NOUVELLE DU PREMIER BAISER
JE SAIS
QU'AU SEUIL DES AMOURS ETERNELLES
IL FAUT QUE JE SOIS LA PLUS BELLE
LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER

LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER

LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER

1963年映画「アイドルを探せ」の主題曲
当然、姉の時代でした。・・・


バルタンに恋こがれた小学生のあの日、
二十歳のバルタンねねさんでした。


PANNE D'ESSENCE - OUT OF GAS ガス欠

HELLO FRIENDS - SALUT LES COPAINS サリュ・レ・コパン

THE YEYE GIRL MARRIES THE FRENCH ELVIS

などのタイトルを見て、おおっ ときたアナタは
そうそう、相当のバルタン星人です。


ちなみにバルタン星人とシルビー・バルタンは
無関係のようです。シルビーのほうはフランス語では
バクタ〜ン(クは鼻に抜けるような詰るような)に
聞こえます。 ふぉふぉふぉ〜 ではありませんよ。


「いま明かされるバルタン出生の秘密」
『ウルトラマン科特隊奮戦記』 飯島敏宏さんの著
朝日ソノラマ 1993年刊  によりますと
バルカン半島由来の様子です。


また。シルビーか、シルヴィか バルタンかヴァルタンか
という論争もあるようですが、カナ表記は・・まあどっちでも
許して下さい。シルビーだからバルタン! シルヴィならヴァルタン
あるいはヴァクタ〜ン なんてカナ表記かなぁ なんて思います。


話は飛んで・・・・1964January
パリはまだビートルズ狂時代に突入していませんでした。
オランピア劇場に集まった聴衆は、トリニ・ロペスに
声を合わせて合唱し、口を尖らせてポーズをとる
シルビー・バルタンを見つめることには熱心でありましたが、
ビートルズにはほとんど関心を示しませんでした。ビートルズは
パリで不愉快な気分を味わいました。!!メンバーは言ったのでした
「フランス人なんて、なんなのさ!」『ビートルズストーリー』より


そんな60年代中ごろ、「アイドルを探せ」をキーワードに
イエイエ娘・シルビーバルタンを中心にサイトを構成しています。
この時代を懐かしんでご覧になるも良し。 へェ〜と思うも良し。
なんだぁ〜 と思うも よし〜ぃ ですね。 ← クリックしちゃダメ

恋人時代

左のドーナツ盤のレコードジャケットは「恋人時代」
やけに明るい アップテンポの曲です。
B面は、愛に生きる 「女の時間」 という曲!
昭和46年1971,05には来日しオンステージ
洋彰庵、当時15歳! 厚生年金会館(新宿)に行った。
この来日時に日本語でレコーディングされたのがこの2曲。
ジャケットは?うん 時代が違うような・・・・・・・・
雰囲気ですね!!でもカワイイね。裾が半カール程度の
短いソフトなページ・ボーイヘアですね。これは昭和40年に
1965,フランスから発して一世を風靡した
ア・ラ・シルビーバルタン(ヘアスタイル)の原型でしょう?
1963,Concert Place de la Nation avec Johnny HALLYDAY

との記載項目で、世界各地をツアーしましたから、この時代の
プロモーションポスターとして、撮影されたものでしょう。
バルタンねねさん!!上のお写真18歳でしょう。   昭和46年の来日録音スナップ&歌詞

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